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鷹啄トラビス選手 セレッソ大阪へ完全移籍のお知らせ
鷹啄トラビス選手 セレッソ大阪へ完全移籍のお知らせ
トップチーム | 2026/01/03

この度、鷹啄トラビス選手がセレッソ大阪へ完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。
【鷹啄 トラビス(たかはし とらびす)選手 プロフィール】
■ポジション
DF
■生年月日
2001年9月17日
■身長/体重
185cm/85kg
■出身地
茨城県龍ケ崎市
■サッカー歴
ヴェルディSSレスチ → 市立船橋高校 → 駒澤大学→FC ティアモ枚方→水戸ホーリーホック
■出場記録
≪2025シーズン≫
【J2リーグ】30試合1得点
【カップ戦】2試合0得点
【天皇杯】0試合0得点
≪通算≫
【J2リーグ】30試合1得点
【JFL】26試合3得点
【カップ戦】2試合0得点
【天皇杯】0試合0得点
■鷹啄トラビス選手コメント
「水戸ホーリーホックに関わる全ての皆様、この度、セレッソ大阪に移籍することになりました。
まず、JFLからJリーグに行くという叶うかもわからない目標を本気で信じ続け、常に温かい言葉をかけてくれた両親には感謝しています。
JFLの僕をこの舞台で戦うチャンスを与えてくれた西村さん、森さん、小島社長、本当にありがとうございました。
僕に『諦めなければ夢は叶う』ということを叶えさせてもらいました。
試合終わりにいつも声を掛けてくれる小島社長。僕のことを信頼し、試合で使い続けてくれた森元監督。
どんなときも冷静なアドバイスをくれる西村さん。
僕を信頼してくれて感謝しています。
フロントスタッフの方々へ
直接話をする機会はあまりなかったのですが、皆さんが裏で僕たちのために動き、僕たちがサッカーだけに集中できる環境を作り続けてくれました。サッカーだけができるのは当たり前でないし、僕たちのために裏で多くの方々たちが動いてくださったと思います。その感謝の気持ちを忘れずに、今後サッカー選手としてやっていきます。本当にありがとうございました。
正直、JFLとのレベルの違いに、最初は自信を失いかけたことは何度もあります。
シーズン最初の頃は、試合に関わることができず、外から試合を見ることが多くすごく悔しい思いをしていました。
その中でも必ずチャンスはくると自分自身を信じ、いつくるかわからないチャンスのために必死に練習に取り組みました。
周りにどんなに言われようと、自分自身を信じることだけは、どんなに辛くても常に自問自答してました。
ルヴァンカップの熊本戦から僕の人生変わりました。
死ぬ気でプレーして、俺がこれから水戸を勝たせるんだと強い覚悟で臨みました。
僕が最初に試合に出た頃は3000人くらいのサポーターだったのですが、後半戦のホーム戦はチケットが即完売し、満員の状態で試合をすることができました。最高の雰囲気を作ってくれたサポーターの方々ありがとうございます。
今のホーリーホックは僕が小さい頃から知っているJ2の番人のホーリーホックじゃありません。
J2リーグを1位になったホーリーホックです。
茨城県民としてこのチームの歴史を作れたことがすごく誇らしいです。人生の財産になりました。
死ぬまで忘れません。
今の僕があるのは今年のメンバーで切磋琢磨し、J2リーグを優勝できたからだと思います。
出会えて良かったです。感謝しています。
水戸ホーリーホックに関わる全ての皆様、おめでとうございます。
僕は、より高い山に登りに行きます。
僕は、どんな難しい山でも、チャンスがあれば迷わず登りに行きます。
それが僕の良さだと思っています。
水戸に残っていたらとか、セレッソではどうとか、思われることはたくさんあると思います。
僕は、プロサッカー選手として、高い山を次々に目指さないと成長はないと思ってます。
水戸にいたら、ある程度立ち位置が確保され、試合に出れる可能性が増えるかもしれません。
今の立ち位置に甘えたくないし、自分自身成長するためにも、より厳しい環境に身を置くことが必要だと思いました。
まだまだ成長したい。僕の中ですごく野心があります。覚悟もあります。
この移籍を成功にするには、結果で残す。
それがプロの世界です。見ててください。
自分をここまで成長させてくれたこのクラブに、とても感謝しています。
水戸のサポーター、スタッフ、チームメイト、同期、フロントスタッフ、試合後に僕の名前を呼んでくれる人達、大好きです。
次に会うときは、温かいブーイングお願いします。
いや、ブーイングは怖いので、拍手していただけると嬉しいです。
最後のデイドリームビリーバー感動しました。
夢を信じていれば必ず叶うということを、プレーを通して体現します。
海外のビッグクラブで活躍するCB、日本代表になり活躍する姿を皆さんに見ていただき、自慢されるような選手になり恩返しします。
幸せな一年間をありがとうございました。
ありがとう、水戸ホーリーホック。」