クラブ情報
クラブ名 |
水戸ホーリーホック |
名前の由来 |
ホーリーホックは英語で「葵(あおい)」の意味で 徳川御三家の水戸藩の家紋である葵から引用した。 |
エンブレムとロゴ |
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ホームタウン |
茨城県水戸市 |
ホームスタジアム |
ケーズデンキスタジアム水戸(収容人数:12,000人) 茨城県水戸市小吹町2058-1 |
チームカラー |
青(チームロゴの濃い青と葵の青) |
マスコットキャラクター |
お誕生日:2002年6月11日生まれ 性別 :男の子 出身地 :茨城県水戸市 モチーフ :龍 特技 :ゆっくり歩くこと 体重 :310kg |
クラブ概要
商号 |
株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック |
所在地 |
〒310-0852 水戸市笠原町136-1 |
代表・営業・広報 |
TEL:029-212-7700 FAX:029-212-7705 |
強化部・育成普及 |
TEL:029-212-7780 FAX:029-212-7781 |
創立年月日 |
1997年 2月 7日 |
代表取締役社長 |
沼田 邦郎 |
取締役 |
常務取締役 (常勤)藤村 昇司 取締役 (常勤) 萩原 武久 |
監査役 |
中山 卓也 |
クラブスタッフ
| ■営業部 | |||
副部長
総務・財務 |
鈴木 郁恵 |
スクール・フットパルケ担当 |
佐藤 秀一 小松 弘樹 |
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運営・チケット
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楢崎 裕史 木村 孝 |
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広報
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瓦吹 鷹英 |
■強化部
強化・育成部長 |
萩原 武久 |
スポンサー・グッズ
スポンサー・ホームタウン |
會澤 裕頼 舘 智穂子 丹戸 政孝 |
○トップチーム ○育成部(ユース、ジュニアユース、ジュニア) ○普及部(小学生以下)/サッカースクール |
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クラブ沿革
1994年
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水戸市内の石山徹氏が、地域に根ざしたサッカークラブチームFC水戸を創設。 茨城県社会人リーグに参加し、初年度優勝を飾る。 |
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1997年 |
プリマハムフットボールクラブ土浦が、全国地域リーグ決勝大会で2位になり、旧JFL昇格を決めたが、不況の影響で同クラブの廃部が決まった。 FC水戸がプリマハムフットボールクラブ土浦を吸収合併。石山氏を筆頭株主に資本金2500万円で株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホックを設立、チームのホームタウンを土浦から水戸に移転し、旧JFLに初参戦。 16位でシーズンを終えた。 |
1998年 |
旧JFL2年目は14位と低迷。 |
1999年 |
Jリーグ2部制移行に伴い新JFLに参加。大型補強でチーム力が大幅アップ。 新JFLで破竹の7連勝でセカンドステージ優勝を飾り、総合3位でJ2昇格が決まった。 |
2000年 |
クラブ創立4年目でJ2リーグに参戦し、9位の成績を残した。 |
2001年 |
J2リーグ2年目は11位に終わった。経営危機の責任を取って石山氏が退任。前監督の小林寛氏が社長に就任。 |
2007年 |
小林寛氏の任期満了により、取締役であった宮田裕司氏が代表取締役社長に就任した。 |
2008年 |
2008年4月7日 宮田裕司の退任を受け取締役であった沼田邦郎氏が代表取締役社長に就任。 |
2008年 |
茨城県水戸市梅香より水戸市笠原町へクラブ事務所を移転。6月16日より強化・育成部長に萩原武久氏が就任。 |
2008年 |
12月に水戸ホーリーホックから中期経営計画である「SSS(トリプルS)プラン」が発表された。 |
2009年 |
藤村昇司氏が常務取締役に就任。 |
※JFLは98年までは「Japan Football League」、99年以降は「日本フットボールリーグ」という。 |
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