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クラブ

沿革

1994年 水戸市内で石山徹氏が、地域に根ざしたサッカークラブチーム「FC水戸」を創設。

茨城県社会人リーグ4部Hブロック優勝(13戦全勝)

1995年 茨城県社会人リーグ3部Cブロック優勝(12戦全勝)
1996年 茨城県社会人リーグ2部Aブロック準優勝(10勝2分)
1997年 旧JFLへの昇格を決めながらも、廃部が決まったプリマハム土浦フットボールクラブと合併。

株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック設立。

1999年 Jリーグ2部制移行に伴い新JFLに参加し、セカンドステージ優勝。総合3位でJ2昇格。
2000年 J2リーグに初参戦し、11チーム中9位の成績を残す。
2001年 石山氏が退任、前監督である小林寛氏が代表取締役社長に就任。
2002年 マスコットキャラクター、ホーリーくん誕生。
2003年 公式マッチデープログラム発行開始
2004年 クラブスローガン【 Moving Football 】

天皇杯4回戦で、公式戦初の茨城ダービー(鹿島アントラーズ戦)が開催される。

2005年 クラブスローガン【 STRONG HEART ~ストロングハート~ 】

クラブ初の公式応援ソング「走れ★ホーリーホック!」発売。

2006年 クラブスローガン【 真っすぐ、一歩、一歩。CHEMISTRY ~新たなる融合~ 】

水府町グラウンド(現ホーリーピッチ)運用開始。

2007年 クラブスローガン【 真っすぐ、一歩、一歩。Believe in Myself ~あきらめない~ 】

小林寛氏の任期満了により、取締役であった宮田裕司氏が代表取締役社長に就任。

2008年 クラブスローガン【 ホーリーホックTOGETHER 】

宮田氏の辞任を受け、取締役であった沼田邦郎氏が代表取締役社長に就任。
クラブ事務所を水戸市梅香より水戸市笠原町へ移転。
強化・育成部長に萩原武久氏が就任。

2009年 クラブスローガン【 前へ。】

水戸市立競技場の改修工事完了。ネーミングライツにより「ケーズデンキスタジアム水戸」に。

リーグ戦で昇格争いに加わり、最終成績でも初の年間勝ち越しを遂げる。

2010年 クラブスローガン【 超えろ。】

柏レイソル戦においてリーグ戦初の1試合当たりの観客数1万人超え(10,181人)。

2011年 クラブスローガン【 かけろ。】

東日本大震災。チームは活動休止、リーグ戦も中断となる。

Jリーグ公式試合安定開催基金より借入。多くの方々のご支援により期日前に完済。

天皇杯で初の16強入りを果たす。

2012年 クラブスローガン【 たつ 】

ホームタウンである水戸市からの出資を受ける。
「Jリーグクラブライセンス」制度の導入を翌年に控え、2013年シーズンにおけるJ2クラブライセンスの交付を受ける。
年間入場者数、1試合当たりの平均入場者数(3,973人)がクラブ創設以来、最高を記録する。

2013年 クラブスローガン【 みち 】

2014年シーズンにおけるJ2クラブライセンスの交付を受ける。

ガンバ大阪戦においてリーグ戦2度目の1試合当たりの観客数1万人超え。

年間入場者数、1試合当たりの平均入場者数最高記録(4,630人)を達成する。

2014年 クラブスローガン【 そう 】

2015年シーズンにおけるJ2クラブライセンスの交付を受ける。

年間入場者数、1試合当たりの平均入場者数最高記録(4,734人)を達成する。

2015年 クラブスローガン【 皆翔 】

2016年シーズンにおけるJ2クラブライセンスの交付を受ける。

年間入場者数が初めて10万人を超え、1試合当たりの平均入場者数最高記録(4,816人)を達成する。

2016年 クラブスローガン【 全力 】

2017年シーズンにおけるJ2クラブライセンスの交付を受ける。

年間入場者数が初めて11万人を超え、1試合当たりの平均入場者数最高記録(5,365人)を達成する。

セレッソ大阪戦においてリーグ戦3度目の1試合当たりの観客数1万人超え及び、過去最高記録となる10,420人を記録する。

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